遺すということ
試行錯誤しながらも、燻製をやった。ベーコン、チキン、卵、チーズ、イカ、はんぺん、かまぼこ、ちくわ・・・。知る人ぞ知る「立川産豚肉」を使い、半熟卵の茹で方にこだわり、、、こだわりだすときりが無い。食材によって、時間、チップの種類にもこだわると、なかなか面白いのだろうな・・と思う。が、そこまでやるつもりは、さらさら無い。そこまでやらなくとも充分美味しいものだった。絶え間ない会話とともに、はるばる関西からの客人も含め、集まった人達の胃の中へと消えていった。週末から数日、来客に、古民家再生のミーティングと、久しぶりに多くの人達との会話ができた。都心部では、次々に新しい再開発が進んでいるが、そのほんの目と鼻の先で、路地裏に残る古民家をカフェに変えようとする試み。。。遺そうとするものは単に建物等、形あるものだけではないのだと思う。遺した事で、そこに集う人々、空気感、生活感、思い出・・街に本来あったはずの文化・・そういう感じのものが遺っていくような気がする。何よりも、その街で育った人が、そういう試みを持ってくれることが嬉しい。ここ数日、悲壮なニュースは、波の押し寄せるごとくに続いている。人の営みや文化は一瞬でリセットできるものではない。もう少し、いろんな事を「遺すということ」から考えてみたい。
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コメント
燻製の大先輩からのお言葉、恐れ入ります。
いろんなところから、いろいろと勉強させらています。
ちえさんの活動は、まさにメッセンジャーですね。充分、お役目されていると思います。
昭和という時代も、少しずつ古い想い出になろうとしています。遠からず近からずという微妙な位置にある気がします。その微妙な時期に、遺していく意識を持たないと、どんどん消えていってしまいますよね。自分の事も含め、いろいろと考えさせられる今日この頃です。
投稿 堀川貴永 | 2007年5月30日 (水) 20時24分
ベーコン、チキン、イカ。ここまでくるとすでに先生も中級ですな。(えらそうなワタシ。)半熟卵の茹で具合までとなると、もう追い越されてますな。(弱気なワタシ。)スモーク好きの輪が広がってうれしいですね。(食べさせてもらう側になりたいワタシ。)
古民家は、ただ形として遺したいわけじゃなく・・・その暮らしの中にあった人々の思いが遺っていくのかもしれませんね。わらべうたにも通じるものを感じます。私も思いを伝えるメッセンジャーとなれるか。難しいけれどやりがいのあるお役目です。その古民家で、歌いたいなあ。
投稿 ちえ | 2007年5月30日 (水) 14時02分