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2007年8月29日 (水)

いつかの日本

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一人は「日本史」を専攻し、一人は「医学」を専攻する大学生、ドイツより御来房。器をつくる。

最初は、いつの時代の日本に興味を持ったのだろうと思っていたら、鎖国時代の日本らしい。鎖国時代の日本は、確かに僕にも興味がある。日本人の僕でさえ、他の国を思い描くようだ。現代でも、ちょんまげに着物姿でもいいと思っている僕には、ここまで生活様式を変えてしまった日本を、時々不思議に思う。今日は、あまりにも流暢な日本語と、知識に驚かされる。彼らは「日本の文化はかっこいい」と言う。そのかっこよさは、いつかの日本以外にも、これからの日本にもあってほしいと思うのでした。

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2007年8月28日 (火)

味噌

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少し頭の中がごちゃごちゃとしてきたり、少し心の中が行き詰まりを感じてきたら・・いろんな事をシンプルに考えようと思う

シンプルな食材、手前味噌を食す。今年、初めての玄米味噌がいいなぁ。

「木曜日のベンチ」・・・月に一度だけど、シンプルで良い企画だと思います。一日の~んびりと・・・できるかなぁ・・。いろんな人たちとお会いできる事を楽しみにしています。

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2007年8月27日 (月)

山川海

070827_114502 久しぶりに山を歩く。ただただ歩く。出家でもされるんではなかろうか???と、思われるくらい、ひたすら歩く。電柱一本ない。アスファルトの道路も見えない。こんな緑深き山々も東京です。この深き山で、濾過された水は、川に流れ、海へと繋がる。この山を見れば、東京湾で結構な魚がとれるのも頷ける。山から海。遠いけれど、川が繋げてくれている。山が好きだ。川が好きだ。海が好きだ。なんて、外見だけで言ってられないな。すべては繋がっているわけだから・・・。

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2007年8月18日 (土)

海の向こうのアメリカ、その手前のオキナワ

070818_185148 お盆を過ぎて、少しだけ空気が変わる。ほんの少し秋の気配。

アメリカに憧れていた時期があった。まじめに住んでみたいと思っていた事もあった。オキナワに行ったのもちょうどその頃だったと思う。実際にアメリカに行くまでは、フェンスの向こう、またはフェンスの周り、雑誌「ポパイ」で見るアメリカが、僕の知りうる限りのアメリカのイメージだった。もう一度、オキナワに行きたいと思う。今度はアメリカの手前のオキナワとしてではなく。

チビの誕生日。近所の沖縄料理店で祝杯。チビは早く大人になって一緒にビールを飲みたいという。僕は、もう少しこのままでもいいと思う。

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2007年8月10日 (金)

遊びのこころ

070811_121149多摩の地には、クヌギ、コナラなどの落葉樹が多い。夏は、カブトムシ、クワガタなども容易に見つけられる。秋には、よく、どんぐり拾いに行った。その時、思いついたのが「どんぐりカップ」というカップ&ソーサー。

「遊びのこころ」・・・遊んだ場所の思い出は、遊びのカタチそのものというよりも、そこで誰と何をしていたかの記憶の方が鮮明に残っているように思う。モノをつくる事であれば、必ずしもモノが中心にあるわけでもなく、時の経過も含めた、出来上がるまでの過程そのものが記憶に残るような気がする。子供にとって「遊び」の感想は、楽しかったかどうかだけで、どう楽しかったか等と質問するのは野暮なこと。子供ながらに、その楽しさの中に、少し寂しさが見えたり、怒りが見えたり、哀しさが見えたり・・そういう事が味付けになり「遊び」に深みをつ070810_181916 けていくのだと思う。加藤積一園長先生の藤幼稚園、九州工業大学伊東啓太郎研究室の壱岐南小学校ビオトープ、それぞれキッズデザイン賞2007金賞受賞、僕がよく知る人達が、そこにいる事を嬉しく思う。伊東啓太郎准教授と軽く、話は深く祝杯。

ごちゃごちゃとした商店街、飲み屋街・・僕らはこういう風景も好きなのかもしれない。

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2007年8月 6日 (月)

ヒロシマナガサキ

ナガサキ・・62年前、中学生だった父は、爆心地から1.7kmの辺りで原爆投下の時を迎えていた。奇跡的に助かり、その奇跡のおかげで、今、僕はここにいて器をつくっている。僕が子供の頃は、その惨状について詳しくは聞いていない。その頃はまだ、20数年前の出来事だったので、父の記憶の中にもまだ鮮明に残っていたのだろう。。。あまり思い出したくなかったのだろう。

司馬遼太郎さんの「胡蝶の夢」の一説より・・・人間は虎のように一頭で生きるのではなく、群居しなければ生きていけない動物なのである。群居するには互いに食いあっては種が絶滅するから食いあわないための道徳というものが出来た。道徳には権威がいるから、道徳の言い出し兵衛に権威を付け、いやがうえにもその賢者を持ちあげてひろめた。しかし道徳だけでは、事足りない。人間の精神は、傷つけられやすく出来ている。相手を無用に傷つけないために、礼儀正しい言葉使いやしぐさが発達した。人間にとって日常とは何か。仕事でも学問でもお役目でもなく、それぞれの条件のもとで快適に生きたい、ということが、基底になっている。仕事、学問、お役目はその基底の上に乗っかっているもので、基底ではない。(以上)

人間誰しも、人にひどい目に遭わされたら、報復をしたいと少しは考えると思う。ただ、ヒロシマナガサキの人達は、その憎しみ、恨み、辛い思い、向けどころのない強い怒りを、戦後62年の間、祈りに向けてきた。もう二度とこんな事があってはならないというメッセージとともに。。。ここ数年、世界のあちらこちらで起こっている戦争はどうなのだろう・・・。戦争に、良い戦争も悪い戦争もない。ましてや「しょうがない」もない。平和な世の中とは、反論したり、議論しあったり、、、そういうことを避ける世の中のことでもないと思う。それらの解決の手段に、生死を利用しない。それぞれの条件のもとで快適に生きるために、あきらめないことなのだと思う。

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2007年8月 5日 (日)

変わらないもの

070729_133021 変わって欲しくない風景があったり、自然があったり、人々の営みがあったり、文化があったり、それに反して変化を迫られる商いがあったり、生活があったり、考えがあったり・・・変わらない事も、変わるという事も、どちらも難しい事なんだと思う。日本の西端、僕が生まれ育った町の風景、人と会うたびに、つい、いろんな事を考えてしまう。限られた少ない時間の中で、なんちゃってバンドをやっていた頃の旧友たちと、ライブハウスで飲む事が出来た。深夜、お客さんのいない店のステージで歌う。

伝統のある秋祭りを守り続けるための練習はすでに始まっていた。(2007年 夏 長崎にて)

070730_210951本日、長い間、飲食店を営まれていたオーナーさんが、新店舗を準備中ということで、御来房頂きました。暫し器のお話。思い続ける事、良いイメージを持ち続ける事、そして、軸がしっかりと定まっている事。。。良い店が出来るような気がします。

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2007年8月 3日 (金)

葉月

夏休みを頂いておりましたが、8月4日(土)より通常通り、「器屋」「陶芸教室」ともに開房致します。月曜日は定休日となっております。よろしくお願い致します。

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