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徒歩や、自転車で一日を過ごす。その範囲内にいろんな場が点在し、道行く人と挨拶を交わす。商店街でもなく、モールでもない。僕が思う理想の街。車ではありえない、ひと時の休息。おまけに足湯で休足も出来るときたもんだ。
■(写真1)玉川上水路の中でも好きなポイント
■(写真2)実をつけたあんずの木。車窓からでは見逃してしまう。
■(写真3)古民家では、端午の節句の飾り。
■(写真4)こもれびの足湯
2008年5月 6日 (火) 日記・コラム・つぶやき | 固定リンク
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そうですね。ちえさんの言われるように、森も林も空き地も・・みんな遊び場だったんですよね。今は公園を含め、いろんな場所で看板が多すぎるような気がします。「この先、立ち入り禁止」とか・・・少しは大目にみてほしいですよね。眺めるだけが自然ではないですよね。きっと。
投稿 堀川貴永 | 2008年5月10日 (土) 21時14分
子どものころは雑木林が遊び場だったことを思い出しました。最短ルートでなく、ちょっと違う道を行ったときの発見の多いこと。緑の中に身を置いたときの、体の細胞が喜んでいる感覚。鳥の声。人の見え方も違ってくる不思議。いろいろ思い出しながらの、再発見ですね。
足湯の中の、踏んでいる足・踏まれている足。なんだかあさりに見えてきました。なんてかわいいんでしょ!
投稿 ちえ | 2008年5月10日 (土) 08時14分
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そうですね。ちえさんの言われるように、森も林も空き地も・・みんな遊び場だったんですよね。今は公園を含め、いろんな場所で看板が多すぎるような気がします。「この先、立ち入り禁止」とか・・・少しは大目にみてほしいですよね。眺めるだけが自然ではないですよね。きっと。
投稿 堀川貴永 | 2008年5月10日 (土) 21時14分
子どものころは雑木林が遊び場だったことを思い出しました。最短ルートでなく、ちょっと違う道を行ったときの発見の多いこと。緑の中に身を置いたときの、体の細胞が喜んでいる感覚。鳥の声。人の見え方も違ってくる不思議。いろいろ思い出しながらの、再発見ですね。
足湯の中の、踏んでいる足・踏まれている足。なんだかあさりに見えてきました。なんてかわいいんでしょ!
投稿 ちえ | 2008年5月10日 (土) 08時14分