2008年5月 9日 (金)

器屋

080508_175428僕が思う「器屋」は、対面が基本。畳の部屋で、作り手と、使い手が思い思いに話をする。一つの器からいろんな事へと繋がっていく。今日は、いろんな方々のご来房。お茶の話し。料理の話し。植物の話し。新しい試み。今月は、とある音楽家のお宅で、ホームパーティーコンサート。演奏をする人、和食の料理をつくる人、己流庵の器。そして、そこに集まる人。どんな世界が拡がるのか楽しみ。

そして僕は、頂きものの四国産そら豆と向かい合う。アサリの事を思いながら・・・。

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2008年5月 4日 (日)

借景

080502_180241工房の窓からは、玉川上水の新緑が見える。春は桜、秋は紅葉。自分の庭ではなくとも、季節感を十分楽しむ事が出来る。自宅の窓からも一面の花水木。

五月は子供の日。子供の頃には、誰も大人になってからの夢がある。新たに社会人となる頃にも、みんな夢を抱いている。いろんな人の夢の話しを聞くのが好きで、自分の事のように楽しくなる。僕の夢は、まだまだ、半ば。いや、入り口くらいか・・・。「夢ばかり見て」と、時々、お叱りを受けたりもするが、いくつになっても、夢は持ち続けたほうがいい。
知人が、近々蕎麦屋をオープンする。日本橋のギャラリー開さんのギャラリーカフェもこの夏オープンする。。
そして、今月は、昭島の雑貨カフェパトアシュさんが、己流庵2F「器屋」にて2日間オープン。■5月20日(火)、21日(水)・OPEN11:00~17:00。店主の藤田さん。時々、僕。そんな感じでお待ちしております。

工房から見える借景は、時に人の夢のカタチも映し出す。

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2008年4月29日 (火)

喫茶去

080429_104852 日本橋(ギャラリー開)での個展が終了いたしました。ご多忙の中、多くの皆様にお越しいただき、本当にありがとうございました。懐かしい話、珍しい話、面白い話・・・いろんな会話が、これからの僕の励みにもなるのです。次回の日本橋は、昭和の日本橋の面影を残す建物(写真)が、ギャラリーカフェとして生まれ変わった空間で、お目にかかれると思います。

己流庵は、明日30日より、通常通り再開いたします。いつものように土にまみれ、人と語らう。そういう日々から器は生まれ続けます。喫茶去。

*GWは5月5日(月)、6日(火)はお休みをいただきます。よろしくお願いいたします。

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2008年3月27日 (木)

花の季節

080310_110656 こぶし、木蓮、雪柳、桜、、一斉に咲き出した。微妙な色彩の違う白。本来は少しずつ咲く時期は違っていたはずが・・・やっぱり春の花は美しい。
器を展示中のギャラリーカフェ夢工房へ少し立ち寄る。行く先々の桜も、満開に近い。ギャラリー展示も、後残すところ数日(31日まで)。寿司懐石「和(なごみ)山田」さんの器も仕上げにかかり、日本橋の個展へと続きます。

近日、己流庵、器屋では、数日だけ雑貨カフェをオープンします。日程はオーナーさんと調整中です。突然、違う街のお店をオープンするという楽しな試みです。場を繋ぎ、人が交流する。次々と花が咲き始めると、いろんなイメージが膨らんでくる。
そろそろ串焼き屋もやりたくなるなぁ・・・。

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2008年3月 6日 (木)

啓蟄

080305_185204 昨日3月5日は、啓蟄。寒さに弱い僕は、不思議とこの時期から一年が始まるような体内時計を備えているようだ。虫である。仙台土産の仙台味噌ケーキ・・いろんな都市部の再開発、壊される古い建物、仙台も例外ではないようだ。

デフレ社会に向かう頃、店舗デザインの仕事も、同様にその対応を迫られていた。地域をとりいれたデザインを提案する余裕もなく、施工コストをいかに下げるかに奔走し、全国に数十から数百、店舗展開するメーカーとショップマニュアルづくりから契約する事によって、その解決手段としていた。
空間はハコモノの中だけで考えられる。田んぼのど真ん中に巨大なショッピングモールが突然現れる。中には東京と同じデザインのショップが並ぶ。現地の店員に販売マニュアルが配られる。そこで働く人、建築をする人、商品を作る人、、いろんな人達が関わり、仕事をしている。大きな雇用も生み出される。人も集まる。それら一つ一つに問題があるわけではないのだが、何か違和感を感じていた。陶芸で表現する小さな器、もう少し大きい店舗という器、さらに大きい環境という器、、僕は一度、一番小さな器と向き合ってみようと考えた。そこから少しずつ見えてくるものを繋げていこうと。今年の夏、日本橋の真ん中に、昭和の古い建物をリノベーションして、ギャラリーカフェがオープンする。オーナーには、僕のずいぶん勝手な考えや、思いを伝えてきた。先日、進行状況などお話をお聞きする。本当に嬉しく思う。


先日、アーティストの小池雅久さんが、ご来房。いろんな共感できるお話、小池さんの作品であり、器であるプランターコテッジと僕が作る小さな器、そこでどんな表現が出来るのか、、近々、是非、実現させてみたい。

今日は、和(なごみ)山田さんも器の打ち合わせでご来房。玉川上水路を背景に、寿司をにぎるお父さんとフレンチの息子さんでつくるコース料理を出してくれる一軒家のお店、今やなかなか予約が取れない店である。

週明けからは、「Uchi Cafe Vol.2」がギャラリーカフェ夢工房(MAP)で始まります。ほっと一息。大切な時間を過ごすためのうつわを揃えました。3月10日(月)~31日(月) 是非、お立ち寄りください。ませ。

ここのところ、空間とうつわについて思いをめぐらす虫である。

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2008年1月 2日 (水)

新・時代

080102_121640 2008年、新年早々に銀座へと足を運ぶ。茶道の先生よりご案内を頂いた「小堀遠州 美の出会い展」を拝見するため。茶道をきちんと学んだことはありません。ただ、400年、450年ほど前の千利休をはじめ、古田織部、小堀遠州などの茶人その人個人には、かねてより大変興味がありました。お茶、茶室というミニマムな世界から、多方面に壮大なスケールな世界まで拡がっていく、この時代の茶人の才能は驚かされ、また、教えられる事も多いように思うのです。展示会場のある銀座の松屋、この銀座2丁目あたりは今話題の金山、銀山地帯。最近出来たブルガリをはじめ、ティファニー、カルティエ、ダンヒル・・・。僕が十数年前には、少なからず仕事をさせていただいたブランドのほとんどが並んでいた。そして、展示会場には、現代の茶室として、13世家元設計の「プラチナの茶室 利庵」。なぜ、プラチナの茶室なのか?・・その真意は家元に聞いてみないことにはわかりませんが、銀座2丁目あたりの街並みと、プラチナの茶室が、何かしら今の時代を象徴しているかにも思えてきたのです。

080102_172802 2008年は明けました。希望も含め、新しい時代が明けるような気がします。十二支の始まりですが、僕には鼠ではなく、子供達の子に思えてきます。

己流庵は5日より開始いたします。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

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2007年11月 8日 (木)

東京

P13003082 いつの間にか人生の半分を「東京」で過ごしてしまっている。その「東京」で器をつくっている。今日から作陶展、終日会場で過ごす。二日前に「大丸東京店」がオープンした。今日も「今、タバコ吸ってますよ」と電話が入る。・・・しつこいようだが、僕はタバコをやめた。ここでタバコが吸いたかったなぁ・・。「大丸東京店8F喫煙室」。

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2007年10月19日 (金)

壁に意味あり

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人生、壁だらけである。それを単に壁と見るか、障害物と見るか・・・次への踏み台と見るか、呆然と立ち尽くすか、抜け出そうとするか・・・壁に直面した時に、人は本当に千差万別である。

ここのところ、作陶の合い間に少しずつではあるが、壁を塗り始めた。陶土の削りカス、園芸用の藁、漆喰、自作の土壁である。次回の個展の案内状、器の背景の壁もこの自作の土壁。そして、新作の器も、いろんな陶土を水漉し、練り合わせ、成形した器に土壁のごとく塗る。壁塗りも、器に施す塗りも、半分は同じ材料で、同じようなことをやっている。結局は泥いじりが好きなのだろう。今回の作品展、釉薬というよりも土の使い方でどれだけの表現が出来るかを試みる。

人生、壁だらけである。塗り始めた壁を見ながら、まだまだ壁がたくさんあることに気がつく。工房内の壁もいつになったらすべてを塗り終えるだろう・・・。

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2007年9月 8日 (土)

No Cigarette,No Life

ハンフリー・ボガード、松田優作・・・煙草が格好よかった時代は確かにあった。「ハイライト」に始まり、僕の生活の中にも欠かせないものとして存在していた。まさしくNo Cigarette、No Life!である。 時代は変わり、喫煙者の数は年々減り続け、街中で喫煙できる場所も少なくなり、喫煙の行為そのものが、なんとなく情けないようにも見えしまう(僕は、けっして情けないとは思わないが・・)。東京駅前にこの秋オープンのデパート。その喫煙スペースの灰皿を制作する事になった。せめて格好の良い灰皿をつくりたいと思う。(煙草を止めた僕が、そこで煙草を吸うこともないのだけれど・・・・・)

ここのところ、住宅の陶板など、少し日常の器を離れた制作が続いている。それでも、空間も器なんだと、いろんな事を考えさせられている。

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2007年8月10日 (金)

遊びのこころ

070811_121149多摩の地には、クヌギ、コナラなどの落葉樹が多い。夏は、カブトムシ、クワガタなども容易に見つけられる。秋には、よく、どんぐり拾いに行った。その時、思いついたのが「どんぐりカップ」というカップ&ソーサー。

「遊びのこころ」・・・遊んだ場所の思い出は、遊びのカタチそのものというよりも、そこで誰と何をしていたかの記憶の方が鮮明に残っているように思う。モノをつくる事であれば、必ずしもモノが中心にあるわけでもなく、時の経過も含めた、出来上がるまでの過程そのものが記憶に残るような気がする。子供にとって「遊び」の感想は、楽しかったかどうかだけで、どう楽しかったか等と質問するのは野暮なこと。子供ながらに、その楽しさの中に、少し寂しさが見えたり、怒りが見えたり、哀しさが見えたり・・そういう事が味付けになり「遊び」に深みをつ070810_181916 けていくのだと思う。加藤積一園長先生の藤幼稚園、九州工業大学伊東啓太郎研究室の壱岐南小学校ビオトープ、それぞれキッズデザイン賞2007金賞受賞、僕がよく知る人達が、そこにいる事を嬉しく思う。伊東啓太郎准教授と軽く、話は深く祝杯。

ごちゃごちゃとした商店街、飲み屋街・・僕らはこういう風景も好きなのかもしれない。

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2007年7月12日 (木)

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「こんな時に器を使っています」・・「毎日、コーヒーを飲んでいます」・・「毎日食卓に並べています」・・「毎日、御飯食べています」・・。本当に、ありがたいメールや、時には写真も添えて、お言葉を頂いております。己流庵の器は、一器多用です。使う人が、それぞれに、いろんなイメージで使って頂きたい。そんな事も考えながら、使う人のイマジネーションが膨らむ余地も多く残しつつ、つくっております。

一器多用は、思わぬところへも転じ、現在建設中の商業施設。東京のど真ん中でありますが、その公共の場へ思わぬカタチで登場する事になりそうです(これから制作するものなので、何もお見せできるものはございませんが・・)。いずれにしても、人のご縁。つくづく、人のご縁に支えられ、励まされております。その事だけは、本当に感謝です。

今日は、数多くの住宅、店舗を手がけられているインテリアデザイナーのIさんが御来房。これから、何かしらカタチに出来るとおもしろいなぁ・・.

声・・・こんなカタチでも頂きました。本日発売の「私の家づくりNO.57」(主婦の友社)。かっこいいキッチンで使ってもらっていたんですねぇ・・・。ありがとうございました。

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2007年6月27日 (水)

グローバルスタンダード

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アメリカ カリフォルニア州サンバーナディノ市より高校生がやってきた。

世界基準というものは、こんなふうに「ものをつくっているとき」の笑顔かもしれないな・・・。夏休みのいい思い出の一つになればと思います。ホストファミリーの皆様も、ご苦労様でした。

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2007年6月14日 (木)

「器屋」

070615_101826 今日は、久しぶりの取材。陶芸というよりは、お店としての取材だった。お店の名前?・・こ洒落た横文字の名前などはない。ただ、「器屋」とだけ書いてある。ショップ名=「器屋」・・そう言われれば、そうなのだけれど・・ショップっていう感じでもないしなぁ・・。

なんら他とは変わりのない普通の住宅地に、それも奥まったところに工房はあります。「なんだろう?」と、気がついた人が居ても、近くまで来てはじめて、入れるという事を理解するような感じかもしれません。○○屋さん・・映画「三丁目の夕陽」に登場するような街の風景は、年々少なくなる一方で、あえて「器屋」という看板を掲げているのは、時代の移ろいは肌で感じながらも、あくまでも対面商売という基本姿勢を忘れたくないと思うからであります。最近の百貨店事情をみても、コンシェルジュの配置、食品売り場のリニューアル等は、もう一度、この基本姿勢を考え直そうとするあらわれなのでしょう(考え直すというよりは、本来の百貨店に戻ろうとしているというのが正しいかもしれません)

器というのは、小さな世界にも見えるけれど、そこから拡がる世界、食、自然、人・・・いろんな可能性を秘めている。そう信じて、「器屋」を営んでいます。普通に小売店と違うところは、自分でつくれるところでしょうか。「器屋」は、そういう拡がる世界の語らいの場でもあってもいいなぁ・・と思うのです。されど、「器屋」。器が無くては話になりません。夏が終わらないうちに、夏の器をいろいろ製作中であります。

いろんなイベントへのお誘いも頂いております。「陶工房 己流庵 器屋」という場でのスタンスと、堀川貴永という作家のスタンスは少し違いがあるかもしれません。堀川貴永は、いろんな場面で、いろんな人たちにご助力を頂きながら活動していくことと思います。いろんな場で、いろんな人に出会えることも、嬉しくもあり、大切なことなのです。

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2007年5月29日 (火)

遺すということ

試行錯誤しながらも、燻製をやった。ベーコン、チキン、卵、チーズ、イカ、はんぺん、かまぼこ、ちくわ・・・。知る人ぞ知る「立川産豚肉」を使い、半熟卵の茹で方にこだわり、、、こだわりだすときりが無い。食材によって、時間、チップの種類にもこだわると、なかなか面白いのだろうな・・と思う。が、そこまでやるつもりは、さらさら無い。そこまでやらなくとも充分美味しいものだった。絶え間ない会話とともに、はるばる関西からの客人も含め、集まった人達の胃の中へと消えていった。週末から数日、来客に、古民家再生のミーティングと、久しぶりに多くの人達との会話ができた。都心部では、次々に新しい再開発が進んでいるが、そのほんの目と鼻の先で、路地裏に残る古民家をカフェに変えようとする試み。。。遺そうとするものは単に建物等、形あるものだけではないのだと思う。遺した事で、そこに集う人々、空気感、生活感、思い出・・街に本来あったはずの文化・・そういう感じのものが遺っていくような気がする。何よりも、その街で育った人が、そういう試みを持ってくれることが嬉しい。ここ数日、悲壮なニュースは、波の押し寄せるごとくに続いている。人の営みや文化は一瞬でリセットできるものではない。もう少し、いろんな事を「遺すということ」から考えてみたい。

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2007年5月23日 (水)

空間~うつわ

070524_092237 「うつわ」・・という言葉は、実に万能であるように思う。料理に対するうつわはもちろんの事。人=うつわ。空間=うつわ。街=うつわ。と、いろんな領域にその意味が拡がってゆく。今日、日本料理「あんず亭」の料理長、鈴木弘ニさんとしばしお話。ごく当たり前のことなのだが、氏の視線の先には必ずお客様があり、本来であれば、その一人一人と話をし料理をつくりたいという思いが伝わってくる。その思いがシンプルであればこそ、僕も、氏の料理の器づくりにシンプルに取り組む事が出来たのかもしれない。

十数年、店舗デザインの仕事と、うつわづくりを平行してやっていたせいか、空間や環境もうつわに見立てる癖があるようだ。来週は、東京のど真ん中にて、古民家再生プロジェクト。スタッフを集め、いよいよ第一回目のミーティング。いろいろと知恵を絞るのがおもしろいと思う。今週末は「串焼き屋・・」ではなく、「リストランテ・己流庵」。燻製料理をメインに、パスタやら、ちょっとイタリアンな己流庵。このところ仕込みに追われている。

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2007年5月 8日 (火)

一器一会

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■人と器との出会い

○国立市 日本料理あんず亭 2F展示スペースの器が替わりました。先日の「ごはんのうつわ展」の作品が並んでいます。

○来週より 東急百貨店 たまプラーザ店 4F アートサロンにて 展示コーナーを設けていただけることとなりました。器の常設販売が始まります。

料理と器、人と器・・・いろんな出会いを大切に想い、うつわをつくります。お近くの方は是非!お立ち寄りください。

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2007年4月 8日 (日)

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今日は常連さん、遠方からお越しいただいた方々などの来客が続く。「器屋」で,器のこと、料理のこと、お酒のこと・・いろいろとお話をさせていただきました。その人その人の、特別な時間に器を使ってもらえること、どんなふうに使っているかなどのお話を聞かせてもらえるのは、本当に嬉しい限りであります。

「場所がわかりにくい・・」「あまり人に尋ねてきてもらうのは困るのではないか・・」等のお話も頂きます。「そんなつもりはないのですが・・」。玉川上水道の葉桜、新緑の緑も勢いを増し、工房の緑も年々勢いを増している。少しずつ周囲の自然と同化していくような小さな工房は、反面、少しずつ目立たなくなってくる。。。一度、来ていただいた方からは、「あまり人に教えたくない・・」という声も頂くことが多く、いろいろと複雑な思いの「器屋」であります。

今日はお釈迦様の誕生日。お釈迦様の誕生日にも、クリスマスみたいな一大イベントはないのだろうか・・・桜金造さんの顔を見ながら、ふと、考える。

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2007年3月 3日 (土)

優しい時間

070303_122518今日は桃の節句。すっかり春の陽気。近くにある今話題の幼稚園のリニューアル竣工式だった。テレビなどでも有名なデザイナー、佐藤可士和氏が手掛けた藤幼稚園少しの時間、工房を抜け出して拝見させていただいた。もともと、そこにあった木は切らないので、建物のほうに穴を空ける。教室の中は明るく、自然素材を多く使い、外の環境との一体感がある。建物自体に滑り台があり、他にカラフルな遊具等は見当たらない。建物、環境全体が遊具のようだ。加藤園長先生と、しばしお話をする時間を頂きました。お話をしていて、なるほど、子供達が楽しそうなのも(子供達だけでなく大人もかな・・)頷ける。「一緒に何か楽しいことやりましょうよ」とおっしゃって頂いた時は、何とも園児になったような気さえしてきたのでした。

070303_094011今月の出前陶芸教室の役員さんご一行が、打ち合わせのため御来房。当初の予定より、はるかに上回る参加者の数に驚き。今日は桃の節句、なんとなく子供達に関する話題が多い一日だった。陽気も手伝って、優しい時間を過ごしたのでした。

■工房のヒナ草

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2007年2月18日 (日)

癒し~うつわ

ヒーリング、癒し・・・人はその感覚をどこから感じるのか・・・景色、音、味、手触り、香り等、人によって感覚も様々、その強弱も様々なのでしょう。「癒し」という言葉も、よく耳にするようになったのでありますが、どういう感覚になった時に感じられるものなのか・・ほんとのところ、あまりよく理解しておりません。五感のどの感覚を通して入ってくるかも人によって様々で、たとえば香りにしても心地よいと感じるものも人によって様々なのです。今日、アロマヒーリングサロンのオーナーさんに、器を始め、自分なりに考案したそれにまつわるグッズのオーダー品をお渡しした。料理の器をつくる時、やはり一度は味を確認し、使われる空間を確認し、自分なりのイメージで器をつくってみる。だが、今回ばかりは、そうはいかなった。女性専門であるだけに、マッサージを受けるわけにもいかず。いろんな精油を、自分なりに一番芳香させるためにベストな土を模索したり。。。こういうのも案外おもしろい作業だった。

器にハーブティ等を注ぎ、ほっと一息ついて頂くこと、友人と料理、お茶、会話を楽しむ時間。家族で食卓を囲む時間。考えてみれば、人が「癒される」と感じる場面には、時々、器も登場する。オーナーさんとは、今後も少しずつ、この辺りのお話をしながら、器をつくっていく事になった。

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2007年2月10日 (土)

ごはん茶碗と春

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もう春ですか?春になったんですか?何となく春の思い出をいろいろと思い出してしまうほどのこの陽気。子供の頃、進級の時期が近くなると、新しいごはん茶碗と箸を選べることが、結構楽しみなのでありました。それから、年月が経ち、様々な食生活、暴飲暴食の変遷を経て、それでもなお、「やっぱり白いごはんだな~」とつくづく思うのであります。そして、僕の器づくりも「ごはんの時間」というものに、しばらく真剣に向き合って考えてみようと思っています。そんな今日、とある地域の子供会の方より「出前陶芸教室」の依頼。打ち合わせ。早速、サブタイトル「ごはん茶碗をつくろう」を提案させていただいた。ごはんの時間、やはり茶碗は欠かせない。自分のつくった茶碗で、ごはんを頂く。もっと、ごはんの時間が楽しくなればいいな。思い出に残ってくれるといいな。と思うのです。そして、あんず亭の新作の器。4月の個展へとテーマ「ごはんの時間」は続きます。

070210_233136 夜は、和楽器奏者木村俊介さんのライブへ。ライブ自体、何年ぶりだろう・・・ずいぶん前に今は亡きオルガン奏者、ジミースミス氏のライブ(ブルーノート青山)以来。木村さんの演奏は、目を閉じると、懐かしい風景が浮かんでくる。そして、自分の中にあった靄みたいなものをす~っと吹き消してくれたのでありました。演奏を聞いて、思い出す風景があるということ。僕らには当たり前のようだけれど、十年後、二十年後に大人になっていく子供達にも懐かしい風景は残ってくれるだろうか・・言葉で表現するのは難しいなぁ・・・今の僕には、とてもありがたいひと時を頂きました。感謝。

*写真:演奏後、木村俊介さん(左)、津軽三味線奏者・小野越郎さん(右)と・・照明で顔が真っ白です。

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2007年2月 7日 (水)

茶の湯

「茶の湯」について話を伺う。道具について、作法について、炉について・・・話は、陰陽五行という思想にさかのぼる。万物のバランス。全ての存在には意味があるということ。道具においても、作法においても、時間においても、季節においても、人においても・・・全てのものには、存在する意味がある。この意味を学び、習得することで、空間のバランス、空気感、流れみたいなものがわかってくるという。このことは、最近の世の中の事象にあてはめてみると、わかりやすいのかもしれない。

今さらながら、この辺りの話を伺うたびに感心しているのでありますが、自分の足りない頭では、一生かかっても身に付かないことかもしれません。少しずつ、感覚の中で取り入れることができれば、と自分に言い聞かせているのであります。

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2007年1月22日 (月)

日常

070122_094239 先週末、ようやく窯の小屋が完成した。時には隣の方に助けられ、時には差し入れをいただきつつ、、、これで雨のたびに訪れる不安は解消されることとなった。また、普通に人と語らい、土と向かい合い、借りている本も読みつつ、そんな日常に戻そうと思います。

BGM:「The Velvet Underground & nico」

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2006年12月27日 (水)

2006 器・うつわ・UTSUWA

ずいぶん前に、やたらと公募展などに応募することを目的に土と格闘していた時期がありました。今はまったく出展しなくなった。「己流庵」と看板を掲げてからかもしれません。陶芸と一言でいっても幅が広い。自分の軸を「うつわ」というものに置いて考えてみようと思ったからなのです。そして、そこから拡がる世界をイメージすること。そのおもしろさが、少しずつ見えてきたような気がしています。「身近にあって、程よい遊び心。手にした人の創造力を膨らませる。空間・人・自然を結びつける、見立ての心」そういうものを大切に思い。奇を衒うわけでもなく、器と向かい合っています。まだまだ、利休尊師の域にはとうてい及びもしませんが・・・

この数日、己流庵の器は「花入れの器」であったり、カフェの器であったり、それぞれの空間に展示されておりました。また、新たに、この器たちと出会って頂いた方々に大変感謝しております。ありがとうございました。そして、器はフランスのアーティストのお宅にも旅立っていきました。様々な場面で、器が使われること。。。器と向き合っているものにとっては、最大の喜びであります。器というものは、空間までにイメージが拡がっていく、小さいけれどとても果てしない包容力を持つものだと思います。個人でお店を営んでいらっしゃる方から、「改装の際に店舗デザインをお願いしたい」というお話もありました。

常日頃、教室でもそうですが、「器は内側をつくる」という話をしています。とかく、人は器を成型する際に外側のラインに意識を奪われますが、意外に内側を意識して作ることで、おのずと外側も決まってくるものなのです。そのためには、まずは何をすべきなのか・・・(人にその話をしているときは同時に自分への戒めでもあるのですが、、、)。いろんなことに通じることであり、日々精進するしかないようです。。

己流庵は、2007年も、いろんな世界をイメージしつつ、器というシンプルで果てしない対象と向かい続けます。これからもよろしくお願い致します。年末年始は12月29日~1月4日の間、お休みさせていただきます。

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2006年12月18日 (月)

走る

Pc180003 今日から始まる「Uchi Cafe展」。その準備を皮切りに今日は走る走る。これまでにない、ワンカラーに統一された器展になりました。永遠のテーマである「シンプルな存在感」。自分なりにそのイメージを実験させていただきました。

その後、2・3の用事を済ませ、午後は、国立「あんず亭」の取材の時間。「器と料理について」少しの時間だけ、お話することが出来ました。料理をつくる人と、器をつくる人。この店で051109_212432_mは、見ている方向が一致している。すべてはお客様なのです。ごくごく、当たり前のことのようなのですが、お客様の位置で考える。そして、料理を聞いて器を作り、器を見て料理をイメージをする。多くを語らずとも、阿吽の呼吸と言うのでしょうか・・たぶん、店長とそれが実現できるのは、お客様の位置(味はもちろん、感動、驚き、満足・・・)をイメージすることに共感しているからだと思うのです。取材中の店長の言葉ひとつひとつにそれらを感じることができ、短い時間で次へ走るために失礼した僕も、ずいぶんと勇気づけられたのでした。今から、今日の取材が新春にネット上に公開されるのが楽しみです。店長はじめ、取材の皆様、ありがとうございました。

今年も残すところ2週間、少し工房に腰をすえ、次へのイメージへ走ろうと思うのです。「シンプルに・・・」。

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2006年11月13日 (月)

作法

かつて、映画館監督、北野武さんが、ご自身の映画作りについて「振り子の原理」が働く・・・みたいなことを言われているのをテレビかなんかで聞いたことがあった。自分がセンチメンタルな作品を作っている時は、次はもうバイオレンスな作品に意識が向かっている。振り子の原理と一緒で、その振り幅が大きいほど、力が増す。

振り子には支点(軸)があり、軸がしっかりしていないと綺麗には振れないんだろうな・・「うつわをつくる」ということ・・・そこには必ず、何か入れられるのもがある。入れられるものの話を聞いていると、ふと、自分なりに空間とか、そこに居る人とか、いろんなイメージがわいてくるのです。。。今日は、アロママッサージ、ヒーリングサロンを開業する方と打ち合わせのため工房へ。うつわには、時に人の夢とか希望までも入れられる。その重さにも耐えられるものでなくてはならない。

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2006年10月26日 (木)

Photo_12 「葉詩置き」・・・一輪挿しに、枝がくっついた様なこの箸置き。誕生のきっかけは、ある人のご結婚の内祝い品の依頼からだった。季節の草花を挿して、季節のことば(詩)を添えておもてなしを・・・そういう想いをこめて作りました。それをきっかけにこれまで、色々な方のもとへ旅立っていった。遠くはニューヨークまで。ひとつひとつが、その時々のイメージで作っているため、同じ物は存在しないはずです。今日、使って頂いている方からのお便りが届く。こういう写メールは嬉しいものです。

使って頂いている方の声、料理人の声、お客様の声・・・そういう声が僕が器をつくるエネルギーになっている。器に自分なりの気持ちを込めて作ってはいるけれど、使い方は使う人のイマジネーションに委ねたい。

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2006年10月16日 (月)

匙屋と器屋

ほろ酔いで轆轤を引くことは出来ないのでありますが、ほろ酔い加減で文章を書くのも、やめたほうがいいな・・・と思うのであります。昨日の「揺らぎ」についても、ふと、日が変わって読んでみると、「こいつ、何が言いたいんだろ?」と、自分の文に疑問を感じてしまう。少なからず第三者が、目を通してくださっているだけに、お恥ずかしい限りであります。翌日、こそこそと修正していることが、以外に多いのでご了承ください。                    

さて、「個人商店、商店街推奨者」の僕としては、妙に○○屋さんという呼び名に惹かれるのでありますが、思えば、自分が育った環境やDNAに大いに関係しているようです。幼少の頃、親族にほとんどサラリーマンが存在せず、酒屋、米屋、呉服屋、お茶屋、陶器屋、割烹料理屋・・・に囲まれて育っていたからです。しかしながら、世は規制緩和社会。○○屋さんは少なくなり、本当に寂しい限りであります。でも、そんな時代であればこそ、あえて僕は「器屋」という看板を掲げました。日本の商品市場はバブル期に飽和状態に達し、さらに規制緩和。これまで、免許によって存在していた○○屋は減っていっても、独自の創造性で新たに看板を掲げる○○屋さんは増えていって欲しいと思ったからです。昔の○○屋さんがコミュニケーションの場も兼ねていたように、新しい世代の○○屋さんも新たなコミュニケーションの場であって欲しいと願うのです。

Pa160002今日、前から訪ねたかった「匙屋」さん(国立市)へ伺った。しばし、ご主人の酒井さんとお話が出来た。何となく思いが重なるような、共感を得ることが出来ました。うるしを塗る作業中のご主人。作業中にもかかわらず、ありがとうございました。「匙屋」と「器屋」、つPa160003くるものは違えど、使う場では必060118_085858_mず出会うものなのです。陶器には、木の匙が良いに決まってます。

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2006年10月15日 (日)

揺らぎ

061012_100626 今日は、秋らしい心地よい空。多くの方に工房にお立ち寄り頂いた。公園の帰りだったり、何度かお越し頂いている方がお友達を誘って来られたり・・・工房には、目立たないものも含めて、一年中、何かしら季節を感じられる草木を植えている。突然出てくる野草や、どんどん増え続けているものや、でも、ちゃんとそれらを見て覚えている方もいらっしゃった。そんな、お散歩感覚の御来房も大歓迎でございます。そして、今日はご近所の寿し懐石のお店「和 やま田」さんも久しぶりに、お昼のお客様を案内して来房いただいた。これまでも御食事のお客様に己流庵を紹介して頂いている。「和 やま田」・・・住宅地にある隠れ家的料理屋さん。もともと寿司屋さんを営んでいたご主人と、フランス料理店で修業を積んだ息子さんでコース料理をつくる。このお店では、最後のお茶に、己流庵の器が登場する。

ここ何日か、BGMに古謝美佐子さんのアルバムを流している。「揺らぎ」・・・平均値よりも少しずれた、心地よい波長。この「揺らぎ」の感覚が、うつわにも表現できないか・・等と考えてみたり。音だけではなく、空間であったり、形であったり。

そして、この「揺らぎ」の感覚が、今の日本に何かしらのヒントをもたらしてくれるような気もしてくるのです。人は困難な時には平均的な社会を思い、平均的な社会を続けすぎると、個人主義的な社会に憧れる。器に合わない個人主義は壊れていく。単にそういう歴史を繰り返すのではなく、どのような時代にあっても平均値よりも少しの「ずれ」のような、よくわからないけれど、この辺りにある、ある種の大きな包容力(心地よい「ずれ」はある意味=包容力のような気がします)が必要であり、「揺らぎ」が、自然とか、命とか、社会、人間・・に対するヒント与えてくれそうな気もするのです。

年に一度、これまで観ていなかった映画を、一気に借りて観る時期が訪れます(不思議と無意識のうちに)。そんな秋の夜長でもあります。少し「揺らぎ」を思いつつ・・・揺らいでる自分を思いつつ・・・

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2006年10月12日 (木)

プチ・・・

061011_183046 先日、知人より古材でつくったディスプレイ台を頂いた。工房には初めてお越し頂いたにもかかわらず、色も雰囲気も、ばっちり合わせて頂きました。そして、古材自体もいくらか頂戴し、プチ古材バンクの様相であります。無垢の古びた木材、漆喰、土・・・プチ囲炉裏をつくってみようか等と色々と創作意欲をかきたてられる素材であります。感謝です。

今月は、陶芸教室の生徒さんたちの作品展があり、僕はといえば、こつこつとオーダーの器を制作しております。12月には、3箇所ほどプチ展示会を予定しております。「初心忘れるべからず・・・」最近の自分の中でのテーマでありますが、そんなことを思っていたら、色々とプチなことへと思いが繋がり、頭の中からプチプチプチプチ・・音が聞こえてきそうな今日この頃であります。

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2006年8月13日 (日)

だいたいな・・・

060810_094633_m 昨夜は、友と夕食をとるために新宿へ。新宿は、お盆も関係ないな・・・相変わらずの人・人・人・・・やってる仕事も、生活もみなバラバラであるのだが、久しぶりにゆっくりといろんな話が出来たと思う。

今月の制作は、展示会モード。「白いい・黒いい器展」・・・白にもいろんな白がある。黒にもいろんな黒がある。白と黒が合わさった器もある。そういう器を中心に展示しようと思う。だいたい白。だいたい黒。だいたいこんな器。・・・だいたいなイメージで制作をしている感がある。だいぶ前にテレビドラマのディレクターである友人に、「だいたいな器だなぁ・・」と、評されたことがあった。ほめ言葉らしい。だいたいでバランスをとる。デザインをする。意識して出来ることではないが、飲食店の器を作ること、教室で教えること、展示会の器をつくること、060811_095619_m それらの仕事の中で、この「だいたいな・・・」感じを表現できるのは自身の展示会のようだ。

ヤマホロシの花、少しずつ咲き続けている。この花も、うす~い紫っぽいだいたい白。やさしい花だと思う。

中華料理店の器の納品準備。

BGM・「Ono Lisa best 1997~2001」 Ono Lisa

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2006年7月25日 (火)

間(ま)

通常の教室。合間をぬって、親子陶芸体験教室の小学生達。・・・小学校の話。やっと探したと来房頂いたお客様。・・・フラダンスの話、ハワイの伝統的な図柄の話。・・・毎回ハワイで行なわれているフラダンス大会に出場しているという。かなり、深いようだ。歴史、文化、伝統・・・いくら追求しても、現地の人たちとの違いは、DNAの違いのようだ。

安藤忠雄さんの言葉を思い出した。「今の施設、空間、建築には、前提に○○するための場というものが多すぎる。目的は様々であっても、人々がくつろげる間(ま)のある空間をもっとつくるべきだ」「日本人にしかつくれないデザイン」・・・・・ここ何年もの間、街は、人の感性は、あまりにも効率的な方向へ進みすぎたのかもしれない。日本をこよなく愛する建築家、「東京リフォームプロジェクト」には適任であると思う。和食と器の間(ま)。日本家屋の間。会話の間。文章の間。・・・日本人にしか表せない間(ま)。

今日一日、なんとも言い表しようのない一日。こんな時の間も、また必要で