休息
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夜な夜な工房にて作業が続く。全てが、轆轤に向っている時間でもなく、大半は、その他の作業が平行して続く。アケビの蔓を編んだり、余所様の庭づくりの構想を練ったり、器の彩色をしたり、取材の原稿に目を通したり、たまに文章を書いてみたり、原稿の依頼があったり、今年はまだ仕込んでいなかった味噌の材料も届く。
焼酎好きの方からの依頼の「千代香」、自分なりに使われるシーンを思い浮かべる。土瓶蒸しもいいなぁ・・・持ち手は、アケビにしょう。どんなに些細な日常の事でも夢のある話は、こちらまで嬉しくなる。
夢のような人生には、程遠いけれど、バラバラのようにも思える小さな夢も、枯ら
さずに、繋いでいければいいのかなぁ。
BGM:「DREAM OF LIFE」 PATTI SMITH
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趣味は?と問われると、料理です。と答えるようになった。これまで、旅、海、音楽、映画、演劇、、数え上げるときりがないが、病的な位、いろんな事にのめり込んだ。そして今、最大の趣味だった事を仕事にしてしまい。それまでの趣味を精算した。
料理といっても、旨い店を食べ歩く事でもなければ、○○を作りましょう的な事でもない。平日の夕食を作らせてもらう事。40分程の調理時間で、冷蔵庫にあるもので、献立を決める。野菜が少なくなれば、近所の農家のおばちゃんのところへ行き、旬のものを買う。たまにめずらいし野菜があれば、調理方法を聞く。米を炊くにも、我が家には炊飯器がなく、鍋で炊くので早い、旨い。40分で5、6品は出来るようになってきた。
特に、健康志向でもなければ、自然派食品至上主義でもないと思う。正直なところ「食育」についても、今ひとつピンときていない。子供のころと言えば、わけのわからないお菓子を食べてきた世代。どういうものを食べて育ったら、どうなるのかという確信もない。ただ、基本は「つくること」と「白いご飯」と「味噌汁」、とだけは思っている。寝る事と同じように、ごくあたりまえに「つくること」。それだけで、あたりまえのように次の世代に受け継がれていくのだと思う。夕方、近所のスーパーなどで僕を見かけたら、きっと、夕食の準備です。
シンプルな考え方、言葉・・・が、やっぱり心地よい。時々、ラジオから流れてくる「ウルフルズ」の歌に励まされたりもする。「ウルフルズ」の全国ツアー中のミキオ君からメールを頂く。ライブの事、個展の事。4月に会えるのが楽しみだなぁ・・。
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知り合いの画家から、陶板に呉須で描いた円相を預かった。一筆描きの○である。これから本焼きをし、新築中のアトリエの門柱に組み込まれるらしい。
円相は、心の窓からみた己の姿でもあり(円窓)、自然な無我の姿。
小さい頃、絵を描く事が何より好きだった。いくつの頃だったか定かではないのだが、絵画展の選考の時に、「本当に自分で描いたのか」と疑われて以来、あまり絵を描かなくなった。だから、たまに今、描く絵は、当時から進歩していない。そこから、少年は工作に走り、でも絵は好きなんだけど、、変なトラウマを抱えながら、今に至っている。
絵を描く事、ものをつくる事、どれも自分自身の今の内側から発する事だと思う。人それぞれが、過ごしてきた環境、風景、視点、色、触感、、、全てにおいて違うのだから、表現が違うのは当然であり、自由である。だが時に、表現が自然であればあるほど、温かい声は励みにもなるし、批判は自身を否定されているような、脆さも併せ持つ。
己流庵での教室は、つくるものは全て、その人任せ。「こんなやり方でつくってみては?」「この道具使ってみたら?」・・、そんなものである。やりたい事、つくりたいもの、表現したい事、、それぞれが違って当然だ。と、常日頃考えている者がやっているのだから、自然とそうなってしまう。小さい子供は、小さいなりに自分自身の表現を無我夢中で形にしたものが、絵になり、造形になる。長い年月を経て、大人になり、現実に打ちのめされつつも、自分の内側からでる表現。そんなものを大切にしたいと思うからです。
チビが描いた絵が、選ばれて、市内に展示されたようです。たまに僕らは、文房具コーナーを一緒に視察するのが好きで、「この道具は、このペンは、筆は、こんなふうに使うんだよ」とか、陶芸に関しても、年に一度、自分のご飯茶碗をつくらす程度。外からみえるイメージ程、ものを描く、つくるという事を教えてはいない。でも、それでいいのだと思う。
久しぶりにプランターコテッジを訪れる。共感できるいろんな話。
僕が思う己流は、奇をてらうわけでもなく、「夕陽が綺麗だな・・」的な、ごくごくシンプルな感覚から始まっている。いつか自分の円相が描ける事を信じたい。
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一雨ごとの寒暖の差。春の陽射しと寒気のせめぎあい。北風が止まった後の陽射しが心地よい。子供の頃から、天気図をながめるのが好きだった。何故だかわからないけど、大体の天気の予測が出来た。そのことは、学生時代にハマった、海のスポーツに活かされた。天気予報も天気図を出してくれた方が有り難かったりする。
○○差社会等と言うけれど、むしろ、表示されない、いろんな温度差を感じた方が良さそうにも思えてくる。企業と消費者、経営者と従業員、国と国民、大人と子供、人と人、国と国、都市と地方・・・。空気が読めない鈍感さよりも、その空気が澱んでいることに気づかない鈍感さの方が罪深い。
春が待ち遠しい・・・日々の温度差を感じるこの季節、食べたくなるのが肉汁うどん。村山かてうどんの「きくや」(武蔵大和駅)さんで食べて以来、我が家の定番になってきた。出汁は、昆布とかつお、豚ばら肉でコクがでる。刻んだゆずの皮、しょうが、わさびをお好みで加えた熱々のつゆに、冷水に潜らせた手打ちうどん。この温度差はたまらない。美味しい温度差もあるもんだ。
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2008年の己流庵も、本日より始動致しました。工房開設より、今年で8年目となりました。もう8年なのか、まだ8年なのか、特に実感のないままに日々を過ごしておりますが、、自分の中では、まだ8年というのが正直なところです。これまで、たくさんの方々にお会いし、励まされ、己流庵は続けられたのだと思います。
国立の懐石料理あんず亭の器も、そのほとんどを任せられ制作してまいりました。そして、店内には特設のギャラリーも設けて頂いております。ログハウスという空間、日本料理、僕なりの見立てで器を提案させて頂きました。今年、才能溢れる店長兼料理長、鈴木氏が、新たなお店へ向けて再出発をされます。また、一緒に器を考えさせて頂くこととなりました。今年からのあんず亭は、若いスタッフで、切り盛りしていく事になりますが、今後もご愛顧の程、よろしくお願いします。
これまでも、いろんな空間、人達とコラボする機会を頂きました。インテリアデザイナー内田繁氏が設計した広尾のネイルサロン、SAZABY、喫煙室・・・、中華料理、カフェ、寿司、ラーメン・・・、家具、布・・・、それぞれにその経験は大切な財産となっています。そして、今年は尊敬する雑貨屋さんのパトアシュ藤田さんとも、企画展や、己流庵「器屋」を二日間程、パトアシュに変えてしまう計画等。
昨年からは、たまプラーザ東急デパートアートサロンでも、器の常設展示販売も始まりました。
教室の方も、去年は出来なかった教室展を今年は開催したいと考えております。昨年は、出張教室も含め、多くの子供達と器づくりのワークショップにも取り組みました。今年も、「ものをつくるということ」で何かしら、多くの人達の楽しめる場をつくれればと思います。
今年も己流庵は、工房開設時と同様、初心に帰り、「人・空間・自然」「見立ての心」、そういうものを大切に思い、活動を続けてまいります。また、コラボのお誘い、提案(器屋を何かに利用したい等も含め)、ご意見、お問い合わせ等々、ございましたら、ご遠慮なくご連絡ください。ませ。 kiryuan@nifty.com
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年の瀬であったり、12年の区切りの年であることが、「時代」の回想をさせるのかもしれません。それと、小学生の頃の担任の先生と30年ぶりにお話が出来た事。自分史でいうと、生まれてから12年間という、はじまりの「時代」。なんでもかんでも忘れてしまう僕も、先生の事、その「時代」の事はよく覚えている。30年ぶりの会話。今の僕と、子供の頃の僕が同時にいるような、タイムスリップしたような不思議な感じ。
いろんな年齢のお子さんを持つ方々と接する機会が多いので、古今東西、学校の話しになる事がしばしば。先生と子供の関係、、先生の家に遊びに行ったりしてたのはいつ頃までか?等。その関係は、昭和と平成を境に変わってきたのかも知れないなぁ。
先生から届いた手作りのカンコロ餅を頂きながら、僕の時代回想は12歳頃まで遡る。
■写真:工房の梅の雲竜梅の蕾。ようやく本来の冬の寒さ。こうなると、もう春が待ち遠しい。相変わらずの寒がりである。
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あと数日で十二支最後の年が終わり、最初の年が明ける。12年のサイクル。あっという間のようでいて、振り返って思うと、12年前、さらに12年前、それぞれが、ひとつひとつの「時代」だった。12年前の僕は全く違う場所で、違う事をしていたし、あまりにも多くの出来事とともに過ぎていった12年間でもあった。
すべての人に、それぞれに想像も出来ない12年という「時代」があるのだと思う。そして、振り返る間もなく、これからの12年も始まっていく。いろんな「時代」、それぞれにたくさんの出会いがあり、別れもあったり。「時代」を共有出来るという事だけで、素晴らしいことなんだと思う。ふとした拍子に中島みゆきさんの「時代」が頭の中を流れる今日この頃。
■陶工房 己流庵 年末は29日まで(変更)、年始は5日(土)より開始いたします。
今年もありがとうございました。
*写真:写真家、宇井真紀子さんの作品で好きな一枚
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ほっぺのあかいあかちゃん。おおきいあかちゃん。ないているあかちゃん。よくうごくあかちゃん。すやすやねているあかちゃん。。。いろんなあかちゃんに神様は、おくりものを届けてくれる。天使がはこんでくるおくりものは、個性。この季節になると思い出す一冊、「かみさまからのおくりもの」(ひぐちみちこ著)。よく読んだというか、読まされました。
今日は、多摩てばこネット編集者、大久保さんご来房。読者プレゼントの器を引き取りに来て頂きました。まずは応募者の数に驚き。つくづく宝くじなんか当たるわけないなぁ・・と思い知らされました。日本全国からのご応募感謝しております。当選された方々には、贈り物にふさわしい時期に届くことになるのでしょうか・・。
これまでにも、僕の器をいろんな方々の贈り物にして頂きました。国内だけでなく、いろんな国の方々にも使って頂いているようです。そして、時々感想が、僕には大切な「贈り物」として送られて来ます。
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「my favorite u・tsu・wa」ご高覧頂き、ありがとうございました。ギャラリーオーナーの小嶋さん、ありがとうございました。
今日は、蕎麦屋さんを開店準備中のご家族がご来房。お店への想い、料理と器の関係、、いろいろと楽しみなお話。夜は、久しぶりに会う旧友、先輩たちとの酒宴へと・・・。
料理の事、お店の事・・・何の仕事でも、それらを生業としていくという事。考えれば考えるほど大変な事なんだと思います。いよいよ寒くなりました。いろんな食材に、少し柚子の香りをふくませて食べてみたい季節であります。五味太郎さんの絵本に「きいろいのは ちょうちょ」っていう絵本がありました。ちょうちょだと思って捕まえようとすると、次のページではおじさんのヘルメットだったり・・そんなしかけ絵本。黄色から連想するもの、やっぱり、柚子だなぁ・・・。
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作品展も半ばを過ぎ、お越し頂きながらお会いできなかった皆様、ありがとうございました。今日は、工房定休日のため終日会場へ。絵本作家南さん、後藤さんと久しぶりにお話。創造力の源などについて。南さんの来春、出版の絵本も楽しみ。創造力は、決して「無」から新しく生まれてくるものでもないと思う。日常の些細な事、風景、空気・・・そんな些細な事に、人それぞれに、その源はあるのだろうと思う。*写真は後藤さんの水彩画
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少し頭の中がごちゃごちゃとしてきたり、少し心の中が行き詰まりを感じてきたら・・いろんな事をシンプルに考えようと思う。
シンプルな食材、手前味噌を食す。今年、初めての玄米味噌がいいなぁ。
「木曜日のベンチ」・・・月に一度だけど、シンプルで良い企画だと思います。一日の~んびりと・・・できるかなぁ・・。いろんな人たちとお会いできる事を楽しみにしています。
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ナガサキ・・62年前、中学生だった父は、爆心地から1.7kmの辺りで原爆投下の時を迎えていた。奇跡的に助かり、その奇跡のおかげで、今、僕はここにいて器をつくっている。僕が子供の頃は、その惨状について詳しくは聞いていない。その頃はまだ、20数年前の出来事だったので、父の記憶の中にもまだ鮮明に残っていたのだろう。。。あまり思い出したくなかったのだろう。
司馬遼太郎さんの「胡蝶の夢」の一説より・・・人間は虎のように一頭で生きるのではなく、群居しなければ生きていけない動物なのである。群居するには互いに食いあっては種が絶滅するから食いあわないための道徳というものが出来た。道徳には権威がいるから、道徳の言い出し兵衛に権威を付け、いやがうえにもその賢者を持ちあげてひろめた。しかし道徳だけでは、事足りない。人間の精神は、傷つけられやすく出来ている。相手を無用に傷つけないために、礼儀正しい言葉使いやしぐさが発達した。人間にとって日常とは何か。仕事でも学問でもお役目でもなく、それぞれの条件のもとで快適に生きたい、ということが、基底になっている。仕事、学問、お役目はその基底の上に乗っかっているもので、基底ではない。(以上)
人間誰しも、人にひどい目に遭わされたら、報復をしたいと少しは考えると思う。ただ、ヒロシマナガサキの人達は、その憎しみ、恨み、辛い思い、向けどころのない強い怒りを、戦後62年の間、祈りに向けてきた。もう二度とこんな事があってはならないというメッセージとともに。。。ここ数年、世界のあちらこちらで起こっている戦争はどうなのだろう・・・。戦争に、良い戦争も悪い戦争もない。ましてや「しょうがない」もない。平和な世の中とは、反論したり、議論しあったり、、、そういうことを避ける世の中のことでもないと思う。それらの解決の手段に、生死を利用しない。それぞれの条件のもとで快適に生きるために、あきらめないことなのだと思う。
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変わって欲しくない風景があったり、自然があったり、人々の営みがあったり、文化があったり、それに反して変化を迫られる商いがあったり、生活があったり、考えがあったり・・・変わらない事も、変わるという事も、どちらも難しい事なんだと思う。日本の西端、僕が生まれ育った町の風景、人と会うたびに、つい、いろんな事を考えてしまう。限られた少ない時間の中で、なんちゃってバンドをやっていた頃の旧友たちと、ライブハウスで飲む事が出来た。深夜、お客さんのいない店のステージで歌う。
伝統のある秋祭りを守り続けるための練習はすでに始まっていた。(2007年 夏 長崎にて)
本日、長い間、飲食店を営まれていたオーナーさんが、新店舗を準備中ということで、御来房頂きました。暫し器のお話。思い続ける事、良いイメージを持ち続ける事、そして、軸がしっかりと定まっている事。。。良い店が出来るような気がします。
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時々、気が向いたら、字なのか絵なのかよくわからないものを描く。あまり多くの色は使わない。筆にしても、ほとんど一本で用が足りる。墨をベースに、顔彩絵の具12色。後は、水の量で調節する。
とかく世の中、白黒はっきりつけたがったり・・・。赤でもなく、青でもなく、黄色でもなく、間に無限にある中間色。そんな中にも、素晴らしくいい色があったりする。それは、色を自分でつくってみなければわからなかったりする。これだけ世の中、情報が溢れていたら、赤も、青も、黄色も、知っている気になってくる。微妙な色。。。参議院選の顔ぶれを眺めながら考えたのでありました。
今日、李さんに美味い「チヂミ」のつくり方を教わる。早速、夕食に試してみる。長い間、疑問に思っていた問題は解けた気がするが、う~ん、まだ、何かが足りない。
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四国産「すだち」を頂く。この時期のものなので、ハウスすだちだとは思いますが、醤油によし、焼き魚によし、焼き鳥によし、しばらくの間は何にでもよしな、逸品であります。四国産の「すだち」と「巣立ちに」、なんら関係性はないのですが、自作のメッシュの器に「すだち」を盛っていたら、鳥の巣の卵に見え、親子陶芸体験教室週間に入り、いろんな子供たちと接するうちに、「巣立ち」という言葉と繋がっただけの話でありました。
今回の親子陶芸体験教室。おかげさまで、期間中のほぼ定員となっております。一回を少人数にて設定させていただいたのも、通常の教室と平行して行なっているからでありますが、傍らでは、いろんな世代の大人達が、ロクロをまわしたり、作業をしたり、、、せっかくで あれば、そういう空気も味わいながら、子供達にはつくってもらいたいか
な・・・そんな考えもありました。通常の生徒さん達のご理解のもと、半世紀近く世代が違う大人と子供が「ものをつくる」ということについて話をする。そんな光景も見られたり。
子供なりに、いろんな事を感じて、もうあと十数年もすれば、巣立っていくんだな・・・。
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規矩作法守りつくして破るとも 離るるとても本を忘るな(利休百首)
ここのところ、教育関係者の方々とお話をする機会が多い。・・とは言っても、僕が教育についてあれこれと持論を述べるほどの見識、心臓を持ち合わしているわけでもありません。単に「教育の場=学校」ではなく、活動されている方々も様々で、国の機関、私塾に関わらず、教育の場に携わる方々のお話を聞くにつけ、あらためて自分の世間の狭さに驚かされているところです。
「型にはめる」・・教育の場のみならず、いろんな場面で耳にする言葉でありますが、器をつくる技法でもよく使われます。「型にはめる」=「量産」=「コスト削減」・・・という連鎖に意識は向かいがちになるのですが、単に数的な意義だけではなく、「型にはめる」ことによる良さ、そうする事でしか得られない「カタチ」というものもあるように思います。冒頭にあげた首にもあるように、「型」とはどういうものか、「基本」とはどういうものかを知ったうえで、臨機応変、その時々に合わせ、型を破る事も、基本を離れる事も必要なようです。
7月になり、ようやく梅雨らしい日が続いてます。こうなると、きまって僕は、型破りな帝王「MILES DAVIS」を聴くようになってきます。MILESについては、サックス奏者菊地成孔さんの解説が面白いと思います。HPの「速報」も面白くてよく拝見しています。
梅雨の時期は、真夏好きの僕にとっては、殻にこもりがちな季節です。でも、この季節なくしては、本当の夏はやって来ないのでしょう・・・。
■BGM: MILES DAVIS 「ROUND ABOUT MIDNIGHT」
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市の不審者情報をメールで入手できるサービスに登録した。いやはや、これがかなりの頻度で送られてくる。子供を相手にした不審者の情報なのですが、基本的には「道を尋ねる」といった行為が多い。実際の真意はわからないが、子供には勿論、「ふと知らない土地に行って人に道を尋ねる」こと自体、今は注意が必要なのだなぁ・・と考えさせられる。小学生の登校時間、車道の隅を歩く小学生達に、「歩道を歩きなさいよ」と、声をかけた。ん・・ひょっとすると、こんなおじさんも、不審者になってしまうのかなぁ・・。
昨日も足の引っ張り合い、今日も足の引っ張り合い、明日もきっと、足の引っ張り合い、相手の評判を落とす事で勝ち残る戦略。選挙前には必ず出てくるが、この大人たちの行為を、子供達へどう説明すれば良いのですかい?先生方、教えてほしいなぁ・・。
なんだか悶々とした気分。きっと、低気圧のせいだろう。。。
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毎年、この時期には、「プレゼントに器を贈りたい」、というお話を頂きます。遠く、地方に住んでいらっしゃる母殿の話をして頂いたり、いつも、我が事のように聞こえてくるのです。考えてみれば、こういう日の贈り物に、僕自身が自分の器を身内に贈る事が、ほとんどなかった。。。少し、食事の量も減ったようだ。今年は、手びねりの御飯茶碗を贈ろうと思う。少しでも、御飯の時間が楽しくなるように・・・。
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長崎へ走る。夜中ひたすら走り1250㎞。今さらながら、本州と九州が繋がっていなかったことを思う。対岸までは川ほどの幅なのに、島と島。滞在時間よりも往復の移動時間の方が長かったような連休期間でありました。かつて、長崎が唯一の貿易港であった時代、商いのために西へ東へ奔走していた人は多かったのだろう。地方にはまだ、人と人との繋がり、その信用で商売をしてきた人たちが多くいる。面と向かって話をし、義理人情に厚い。今でも僕は、商売というものは対面商売が基本であると思っている。それが今では、構造改革、価格競争、コスト削減という名のもとに、商品の質、人の生活、それまで培ってきた歴史までも一瞬にして消し去ってしまうほどの内容の書簡ですら、紙切れ一枚で伝えてくる。。。これが、時代の流れなのだろうか・・・。関門海峡の潮の流れを眺める・・・少なくとも僕らは、時代の流れを眺めている側ではなく、流れの中にいるのだろう。
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2007 TAKANORI HORIKAWA EXHIBITION 「ごはんのうつわ」 終了いたしました。ご来場の皆様には心より御礼申し上げます。
ギャラリー開の大津様にも大変お世話になりました。日本橋路地裏事情などのお話も沢山聞けました。。。こういう展覧会は、見えないところでも、本当に多くの方々に支えられ、はじめて開催することが出来ます。今後も器を通じて拡がる出会いを大切に感じながら、制作に励んでいこうと思っております。・・・多謝。
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